2011年5月28日土曜日

BIT一日目!

今朝の名古屋は雨です。本格的な「梅雨」ですね。この雨は、恵みの雨ですね。和多志達の身体の重要な水分になってくれる…宇宙からの贈り物。物理的空間としてのプリンシプル。情報空間としてのプリンシプルは、「知識と感性の探究」ですね。さあ、今日は名古屋での「BIT」開催日です。今回のテーマは「未来の記憶を創造する」でお送りします。

和多志達は求める真の人格とはどんな状態でしょうか?人は違う人格に変わる事を「生まれ変わり」と意味しています。
しかし、人は本当に生まれ変わることが出来るのでしょうか?チベット仏教の指導者である「ダライ・ラマ14世は、本当の生まれ変わりを信じています。しかし、仏教の開祖である釈迦は生まれ変わりを否定しているのです。仏教でありながら「私は生まれかわりです」というチベット仏教は、本来の仏教というよりは、


〜〜〜中略〜〜〜


この生まれかわりの原理には「何らかの連続性」があることなのです。チベット仏教の「生まれ変わり」の定義は「記憶の連続性」だったのです。ヒンズー教も生まれ変わりを信じていますが、「記憶の連続性」ではなく、なんらかの「魂の連続性」を生まれ変わりとしているのです。もちろん密教も「魂の連続性」を信じていますが、その証明手段を「記憶の連続性」としているのです。
「魂(生命の核)が連続している」のと「記憶が連続している」事は、イコールではないのです。魂が連続していれば記憶も連続しているという考え方は、生命科学や脳科学の立場からは、全く整合性が無いことになります。


〜〜〜中略〜〜〜


「儒教の思想」は、先祖を敬う事なのですから、当然、「記憶の連続性」が定義になるわけです。完全に記憶を消し去る事は不可能なのです。ですから、真の生まれ変わりとは、「自我の判断基準のレベルアップ」なのです。このレベルアップのための一日目になりましたね。
まあ、参加者は元気ですよ。では、明日…



眠れない夜のために
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